【うつ病ラボ】本当の自分の取り戻す☆活かす

本当の自分を取り戻し、自分を活かす方法

妹の命の灯が消えた日⑫

自分がまた妊娠していることに気付いたのはサトミが脳死してから1ヵ月ちょっと経った雨上がりの日だった。

 

妊娠検査薬を試したら陽性だった。誰にも報告せず、病院に独りでいった。

 

病院での検査結果も陽性反応だった。
病院の帰り、近くの公園でNと待ち合わせた。

 

「私、妊娠してた!」

 

私は喜んだ。それはNの子だからじゃない、
妹の代わりの天使が私のところにやってきてくれたからだった。

 

Nも喜んだ。

 

「これで君はもう死んだりしないね」

 

単純にそう喜んでくれた。

 

 

でもその後が問題だった。
妊娠したのだからNと結婚しなければならない。

だけど妊娠はうれしいと思ったのに結婚は絶対嫌だと思った。

私はNが好きでないのは勿論、私の中に“結婚”という価値観が全くなかったのだ。

 

 

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ある時、妹とドライブしていた時に結婚の話をしていた。
私たちはよくドライブをしながらお喋りを楽しんだ。

 

「結婚なんて、みんなどうしてするんだろうね。女が我慢して痛めつけられるだけだよ。私はお母さんみたいにはなりたくない」

 

私がそういうと、妹は

 

「うん、分かる。幸せになんてならないのにね。どうして女の人は結婚したがるんだろう。…あっでも、好きな人の子供は産みたいなと思う」

 

私たちは“結婚は不幸の始まり”だと思って疑わなかった。

自分の両親の姿を見て育って、女性側が得られる結婚のメリットを全く感じられずに育っていた。

とても狭い価値観だったけれど、子供にとって、価値観は自分の育った環境や親の言動で決まってしまう。

 

…私たち姉妹は本当に心から結婚の良さが分からなかった。
平穏無事な家庭も、両親の笑顔も見た記憶がなかったから…

 

「でも私は子供も産むことないと思う。お姉ちゃんは産んでね。私の分も…」

 

妹は運転しながらそう言った。

 

私は軽く受け流したけれど、妹は本当に子供を産むことなく死んでしまった。
その時から死ぬつもりだった?それとも自分には育てられないと思ったのか。
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当たり前だけど、Nと結婚しないと私が言い張ると皆が猛烈に反対した。
Nの両親も私の母も、もちろんNも。私は四面楚歌になっても結婚を拒んだ。

妹がいまここにいてくれたら分かってくれたかもしれないと思った。
男と結婚しても男に泣かされるだけ…
それならシングルで子供を育てた方が絶対私も子供も幸せ…
私はそう信じていた。


Nからの着信は拒否。Nが私の部屋にやってきても鍵を開けずに居留守した。
最後まで私はNから逃げ続けた。

 

つわりが始まったのか気分が悪くて独りでずっとベッドに横たわっていた。風呂も入らず、食事もせず、三日間トイレ以外に起きない日もあった。集中治療室で眠る妹にも会いに行かず、私はお腹の子供と、思い出の中の妹の姿を抱きしめたまま独りで眠り続けた。

 

11月21日、母から私の携帯に電話がかかってきた。
脳死して眠り続けていた妹の心臓ももう止まろうとしていた。

 

「もうダメだって。心臓ももう止まるって」

 

母は涙を堪えたような声でそう言った。

 

私はそれでもベッドから出ずに寝続けた。

 

翌日、妹は天国に行った。

私はベッドの中で号泣したまま、妹の葬式には出なった。

お腹を抱きしめたまま、泣き続けた。

 

私は最後まで妹の傍に行かなかった、最悪の姉だった。