読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

病み姫セルフヘルプ【うつ病ラボ】

女性が自分でうつ病やパニック障害、依存症を克服するためのブログ

妹の命の灯が消えた日⑤

うつ病ラボ 病み姫回想日記~妹がいなくなった日から~ うつ病と母娘の関係 うつ病と依存症 うつ病と自傷行為

妹は摂取障害から始まり、リストカットうつ病が悪化し、自宅近所にある精神科のある診療所で診察を受けるようになった。そこで適切な診察、治療、投薬が受けられていたのか定かではないけれど、とにかく日に日に状態が悪化していった。

 

妹は元々、従順な子供で誰に対しても人懐っこくて天真爛漫だったけれど、心を病み始めてから人に対して警戒心がとても大きくなっていた。精神科の医師にも心を開かず、カウンセリング等の一切拒否していた。

 

彼女にとって精神科医の価値とは向精神薬を処方してもらうことだけだったのだと思う。確かに人を信頼して力を貸してもらうことを嫌悪していた彼女にとって、薬は自分一人で容易に自分をコントロールできるものだったのかもしれない。

 

妹は自宅に引きこもり…でも自分を変えたくてバイト出てはすぐにうつ病が悪化して辞めて…また引きこもる生活をくり返した。

 

自傷行為リストカットだけでは収まらず、手首からわきの下付近まで深く切り刻まれていた。腿や足首、頬にまで至ることもあった。手首は何度も繰り返しリストカットするので、皮膚が剥がれて常に赤く生々しかった。

 

 


私自身も自傷行為は摂取障害と並行して止まらずにいた。自傷行為中は過食嘔吐の時と全く同じで、意識は朦朧としている状態で行っている。無心で傷つけ、痛みを味わい、心の痛みを身体の痛みで紛らわす。酒やドラックで紛らわすのと全く同じ感覚だ。よく

 

“人の注目を浴びたいため”

 

と言われるが、確かに言葉でうまく言い表せない抑圧された負の感情を、自傷することで気付いて欲しいという思いもあるが、少なくとも私自身は人に気付かれにくい場所にまち針を刺したり、煙草の火を押し付けたりして気持ちを落ち着けていたので、注目を浴びたい欲求よりは身体の痛みが快感だったという方があてはまる。嫌いな自分自身に罰を与えることで安心を得る…

 

過食嘔吐も同じように、私たちにとっては生きるために必要な快感……儀式だった。

 

摂取障害について少し調べてみると、その原因に

 

“母親からの愛情不足”

 

と書かれていることが多々ある。

 

確かに母親は子供の成長段階でとても重要な役割を担っていて、子供が母親から受ける影響は大きい。あからさまに虐待を受けて育った人は心の底から自分を愛することができず、“自分は親にとっていらない子”と、自分を否定してしまうのも不思議でない。

 

虐待とまではいかなくても、常に両親がケンカをしているところを見て育つ、または常に人格を否定され続けながら育てば自尊心を持って生きることは難しいかもしれない。

 

私自身も後に自分が様々な依存症と、うつ病パニック障害、強迫観念に冒された原因を母親からの虐待のせいだと考えた時期があった。

 

実際、母親は幼少期の私をよく殴った。女の子で手の掛からなかった幼少期の私が、棒や素手であざができるほど殴られる程悪さをするとは考えられない。母が父親から暴行を受けているのを見ると

 

「母が可哀相」
「母を助けてあげられない自分は無力だ」

 

という無力感でいっぱいになりながらも、同時に私に暴力を振るう母親を許せない気持ちもあり、私の心の中はいつも葛藤していた。

母には母の葛藤と苦悩があったと思う。

 

「親を憎み続けるのは辛い、でも許すことも簡単にはできない」

 

それは親から虐待を受けた人なら誰でも思うことだと思う。色々なケースや度合いがあり、一概に言うことはできないけれど、私はその葛藤している自分の感情や気持ちを変えようとはせずに、先ずは自身が認めて受け入れるしかないと思う。

 

母親の私への言動が摂取障害の原因ではない、と言えば嘘になる。確かに影響はあったと思う。しかし、母親の存在だけが私を苦しめたわけではない。

 

 

お母さんはどうして自分を殴ったのだろう
どうして傷つけてきたのだろう
どうして見捨てたのだろう
私を嫌いだったから?
愛していなかったから?
いらない子だったから?

 

 

娘の心の叫びは自分を傷つけることで叫ばずに抑えられる。私たちにとって“お母さん”という存在が誰よりも大きいから、それだけ母親にされたことは傷つくし、してもらったことは当たり前だと思ってしまう。

 

しかし母親にとって一番大事なはずの子供を傷つけてしまう位、母親も必死だったに違いない。母親も誰かに傷つけられ、虐げられ、苦しんできたのだ。母親のせいだけにしていても摂取障害は治らない。

 

本当は誰よりも大好きなお母さんにだけは分かって欲しかったし、そばにいたほしかった。長い年月の中で、母親への欲求、思いは諦めに変わって動かないかもしれない。でも、お母さんに幸せでいてほしい、笑顔でいてほしい、そしてそんなお母さんに自分をちゃんと見て受け止めてほしい。

 

私が母に抱いてきたそういう想いを、妹は私にも持ち続けていたと思う。
暴力を振ってくる姉を許せないと思いながら
「私を嫌いにならないで」
「お姉ちゃんに幸せであってほしい」
そう思っていてくれていたと思う。