うつ病ラボ~本当の自分を取り戻す☆活かす方法~

本当の自分を取り戻す☆活かす方法

妹の命の灯が消えた日④

私が中学生の時から摂取障害になったのと同じく、妹も思春期から摂取障害になっていた。

 

妹は私と違って自己主張も反抗もしない子。
私が実家を出て親戚の家に下宿する時も何も言わなくて、表は無関心の様子だった。

 

けれど、私が家を出た数日後の夜、妹は突然私の下宿先の電話に連絡してきた。
珍しく取り乱した様子で、

 

「お母さんがね、またお父さんに殴られて…『お姉ちゃんのところにいく』って泣きながら怒って出て行っちゃったの。そっちに行くかもしれない!」

 

と、恐怖で引きつったような声で泣きながら叫んだ。

 

「今、お父さんと二人きりなの。怖いよ、お姉ちゃん!お願い、うちに帰ってきて」

 

私はうんざりして冷たく妹に言い放った。

 

「嫌なら、あんたも家を出ればいい。ここにおいでよ。私は帰らないから」

 

妹はしばらく電話口で怖い怖いと泣き続けて

 

「お願いだよ、お姉ちゃん!帰って来てよ!」

 

と私にお願いしてきたけれど、私は

 

「帰らない!もういい加減にしてくれるかな。私には関係ないの。電話切るよ」

 

と、頑なに拒んだ。すると妹は声を荒げて

 

「私はお母さんが心配だから出ない。お姉ちゃんは私を見捨てるんだね、分かったよ!もう頼まない!」

 

そう言って電話を切った。

 

私は電話を切られてからもしばらく電話の前に立っていた。両親に対する怒りと妹への罪悪感が心の中で渦巻いて張り裂けそうだった。妹の「見捨てるんだね」という言葉が胸に刺さり、どうすることが一番良いのか、全く分からなかった。

 

 

それから数ヶ月がたったある日、妹が突然私の暮らすアパートに一人でやってきた。今思えば、その時の彼女は元気がなかったのだけど、私にとってはそのことよりも自分に会いにきてくれたことが意外で嬉しい気持ちでいっぱいで気づくことができなかった。

 

妹は冷静沈着に見えて本当はとても心配性で気の小さい子だった。見た目と中身のギャップがクラスメイトには理解されず、学校でもよくいじめに遭ったりもした。いつも本心では何を考えているのか分からず、この時も本当は何を私に伝えたかったのか分からなかった。

「少しここに泊まろうかなと思って」

 

妹は何故私のところに来たのかは一切話さず、だるそうに私の部屋の絨毯に横たわった。私は服用していた向精神薬と過食のせいで毎日が朦朧とし、体調も優れなかったため、妹に対しての気配りまで余裕がなかった。

 

妹は私が短大の授業に出ていない間、部屋を掃除し、料理を作って待っていた。 

 

「ひじき煮作ったんだけどね、ここ調味料が全然ないからあんまり美味しくできなかった。ちょっと食べてみて」

 

ぶっきらぼうな言葉とは違って妹のひじき煮は、材料を綺麗に切り揃えて鮮やかに作ってあった。私は久しぶりに人の作った料理を食べた。

 

「美味しいよ、食べる」

 

妹は私を見ながら自分は一切食べず、まただるそうに横たわり、天井を向いたまま言った。

 

「今日お姉ちゃんがいない間、ここにずっと独りでいて、なんか気持ちが滅入っちゃった。もう少しここに泊まりたかったけど、日中はお姉ちゃん学校でいないし、もう明日帰ろうかな」

 

「まだいなよ、日中淋しかったら私に電話してくればいいじゃん?」

 

「うん……、私ね、最近理由もなく気持ちが沈むんだ」

 

その夜、妹は自分のことを珍しく私に話していった。
将来は動物と携われる仕事に就きたかったが、将来が安定しないしそもそも就職できるかどうかわからない、安定を選んで事務系の資格が取れる専門学校を選んだ、ということや生まれ育った街から引っ越して田んぼだらけの田舎で暮らすことに抵抗があったが、意外と快適だ、などと話した。そして帰り際、私に一言だけ言った。

 

「お姉ちゃんがいてくれて良かった。ありがとう」


私は子供の頃からずっと妹を思いやる心の余裕が全くなかった。しかし妹は、時にはそんな私を嫉妬したり憎んだりしても、ずっと私を頼りにして愛してくれていたと思う。

けれど私の部屋から帰っていった日を境に妹は、どんどん変わっていった。
顕著に変わったのはファッションで、それまでは清楚で優しい雰囲気の洋服を好んで着ていたのに、急に髪を肩上までカットして金髪にし、露出が多い派手な服装、濃いメイクをし始めた。身体の大きさを気にして始めたダイエットだったが、明らかに病的に痩せ始めた。
それまで控えめで保守的だった性格が攻撃的になり、学校も自分で辞めてきてしまった。

一緒に食事をしても、自分は食べずに私に食べるように勧め、細かなカロリー計算をして浮き沈みも激しくなった。妹のそれらの言動は明らかに拒食症の症状だった。その当時に知っていたら、彼女のその後の運命を変えることができたかもしれないと私は今でも悔やんでいる。


私自身も過食嘔吐に苦しんでいて、そのことを誰にも話していない状態だったし、妹にも話していなかった。病気だとの認識もしていなかったし、自分をコントロールできない情けない行為を人に知られたら、咎められて無理やり食べさせられるに違いないと思っていたからだ。

 

妹も自分の拒食を私に隠していた。私と同じことを考えていたのだと思う。私たちは離れて暮らしていてもほぼ同時期に摂取障害になっていたのだ。

 

自分は食べずに痩せているのに、私に食べるよう強要する妹の行動が腹立たしく感じた。私に対しての嫌がらせとしか思えなかった。お互いが正常を失った状態で、自分は食べずに相手にはしつこいほど食べることを勧め合い、苛立った。