うつ病ラボ~本当の自分を取り戻す☆活かす方法~

本当の自分を取り戻す☆活かす方法

娘の心の闇とお母さん

私と妹はほぼ同時期に摂取障害になり、自傷行為も始まりました。

 

妹は次第にうつ病も悪化し、自宅近所にある精神科のある診療所で診察を受けるようになっていました。そこで適切な診察、治療、投薬が受けられていたのか…日ごとに状態が悪るくなる状態でした。


妹は元々、従順な子供で誰に対しても人懐っこくて天真爛漫だったけれど、心を病み始めてからは人に対して警戒心がとても大きくなっていました。精神科の医師にも心を開かず、カウンセリング等は一切拒否していました。


妹にとって精神科医の価値とは向精神薬を処方してもらうことだけだったのだと思う…

 

妹は人を信頼して力を貸してもらうことが苦手な子だったので、彼女にとって、薬は自分一人で楽に自分をコントロールできるものだったのかもしれません。


妹は自宅に引きこもり…でも自分を変えたくてバイト出てはすぐにうつ病が悪化して辞めて…また引きこもる生活をくり返しました。


自傷行為リストカットだけでは収まらず、手首からわきの下付近まで深く切り刻まれていました。腿や足首、頬にまで至ることもあり、手首は何度も繰り返しリストカットするので、皮膚が剥がれて常に赤く生々しい状態でした。

 

この自傷行為、前回も書きましたが決して死にたいためではないんです。


私自身も自傷行為は摂取障害と並行して止まらずにいました。自傷行為中は過食嘔吐の時と全く同じで、意識は朦朧としている状態で行っています。無心で傷つけ、痛みを味わい、心の痛みを身体の痛みで紛らわす…お酒やドラックで紛らわすのと全く同じ感覚なのです。


“人の注目を浴びたいため”

 

ともよく言われますが、私自身はちょっと違いました。

 

人に気付かれにくい場所にまち針を刺したり、煙草の火を押し付けたりして気持ちを落ち着けていたので、注目を浴びたい欲求よりは身体の痛みが快感だったという方があてはまる気がします。嫌いな自分自身に罰を与えることで安心を得る…そんな感覚もありました。

 

過食嘔吐自傷行為も、私たちにとっては生きるために必要な快感……儀式だったと言えます。

 

摂取障害について調べてみると、その原因に“母親からの愛情不足”と書かれていることがよくあります。
確かに母親は子供の成長段階でとても重要な役割を担っていて、子供が母親から受ける影響は大きいはずです。母親から何らかの形で虐待を受けて育ったら、その子は自分を肯定できずに育つでしょう。


虐待とまではいかなくても、常に両親がケンカをしているところを見て育つのも、子供にとってはとてもつらいことです。


私も、自分が様々な依存症と、うつ病パニック障害、強迫観念に冒された原因母親からの虐待のせいだと思っていました。


実際に母親は幼少期の私をよく殴っていました。女の子で手の掛からなかった幼少期の私が、棒や素手であざができるほど殴られる程悪さをするとは考えられず…私の中にはいつも母のことを恨む気持ちと愛してほしい気持ちが葛藤していました。


母には母の葛藤と苦悩があったと思いますが…


「親を憎み続けるのは辛い、でも許すことも簡単にはできない」


それは親から虐待を受けた人なら誰でも思うことだと思うんです。

 

色々なケースや度合いがあり、一概に言うことはできないけれど、
私はその葛藤している自分の感情や気持ちを変えようとはせずに、先ずは自身が認めて受け入れるしかないと思うんです。

 

母親の私への言動が摂取障害の原因ではない、と言えば嘘になる…確かに影響はあったと思う。けれど、母親の存在だけが私を苦しめたわけではない。

 

お母さんはどうして自分を殴ったのだろう
どうして傷つけてきたのだろう
どうして見捨てたのだろう
私を嫌いだったから?
愛していなかったから?
いらない子だったから?

 

娘の心の叫びは自分を傷つけることで表現される…私たちにとって「お母さん」という存在が誰よりも大きいから、それだけ母親にされたことは傷つくし、してもらったことは当たり前だと思ってしまうんですよね。


逆に母親にとっては一番大事なはずの子供を傷つけてしまうくらい、余裕がなくて必死なのだと思います。

 

母親も誰かに傷つけられ、虐げられ、苦しんでいる…母親のせいだけにしていても娘の心の闇は消えないのです。

 


本当は誰よりも大好きなお母さんにだけは分かって欲しかったし、そばにいたほしかった。長い年月の中で、母親への欲求、思いは諦めに変わって動かないかもしれない。でも、お母さんに幸せでいてほしい、笑顔でいてほしい、そしてそんなお母さんに自分をちゃんと見て受け止めてほしい、

 

それが娘の純粋な母への思いなのではないかと思います。