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病み姫セルフヘルプ【うつ病ラボ】

女性が自分でうつ病やパニック障害、依存症を克服するためのブログ

妹の命の灯が消えた日①

病み姫回想日記~妹がいなくなった日から~

2006年7月、私は新しいアパートに引越しする予定だった。ここから私は新しい自分に生まれ変わってスタートするはずだった。

前日、引越しを手伝うために母親が実家から来てくれていた。
父は介護施設に入所中、田舎にある実家には妹一人が留守番をしていた。

手伝いに来てくれた母は、それまで私が色々な騒動を起こしたので、生まれ変わろうとしている私に期待半分、不安と心配半分という様子だった。それでも何も言わずに遅くまで荷造りを手伝ってくれていた。

最後の荷造りを終えて、母と一つの布団に入って横になった。

けれど眠りかけていた私達は母の携帯の着信音で目覚めた。
「こんな真夜中に!!!」
母はそう怒りながら、寝ぼけ眼で自分の携帯を取り出し、眉間に皺を寄せながら着信画面を確認した。

私はそんな時間に母の携帯が鳴ることに嫌な予感がしていた。

「えー!?事故ですか?…相手の方は容態は?…えっ?ひかれたのはうちの娘の方なんですか…!? 」

母の電話のやり取りを聞いていて、嫌な感じは最悪の現実になった。

「とりあえず、すぐにそちらに向かいます!」
母はそう言って電話を切った。切った後も暫く私に伝える言葉がまとまらない様子だった。

「何かあったの?どうしちゃったの!?事故起こしたの!? 」

私が矢継ぎ早に母に質問を浴びせても、しばらく母は混乱したまま電話の内容をうまく私に伝えられなかった。

不眠症だった妹は、眠れないと田舎の夜道をよく車で走り回っていた。

向精神薬を飲んだら車の運転はしないで! 」

私はいつもそう妹に警告していたけれど、妹は言うことを聞かずに向精神薬を飲んで真夜中も車を走らせていた。いつか事故を起こすのではないか、私はずっと心配していた。

だから、今回の電話もサトミが運転を誤って事故を起こしたと勝手に想像した。母も初めはそうだったようだ。

けれど、今回の事故は妹が徒歩で夜道を徘徊し、その途中で車にひかれたようだった。

妹は大学病院に搬送されて、意識不明の重体とのことだった。

警察や病院など数ヶ所からひっきりなしに電話がかかってくるのだが、情報が微妙に違っていて、私と母はとても混乱した。

全ての電話を切り終えて、母はすぐに妹の搬送された病院に向かおうとした。

私の住んでいた地域から妹が搬送された実家近くの病院までは、バスや電車などを乗り継いで2時間以上は軽くかかる距離だった。

「今日はとりあえず引越しは止めてちょうだい!これからお母さんとあの子のところに一緒に行こう! 」

母は寝巻きから洋服に着替えて、素早く出る支度をした。

けれど私は母と一緒に立ち上がらなかった。

「私は引越しを予定通りする… お母さん、先にあの子のところへ行って… 今日中に病院に向かうから… 」

私は母にそう言い放った。本来なら引越しを中止してすぐに妹の元へ駆けつけることが当然だが私は引越しを終わらせたかった。

「あんたはやっぱり自分中心なのね」

母は呆れて、一人で出ていった。

私には、すぐに妹のところへは行かず引越しを強行する理由があった。

色んなことが頭の中でぐちゃぐちゃになっていて、真っ直ぐ妹のところへ行けなかった。



妹はずっと姉の私を待っていたと思う。

“お姉ちゃんお願い。私のところへ来て。私を見て”



妹が生と死の間でそんな風に私に叫びかけている気がした。

でも行けなかった。

私は自分が生まれ変わらなきゃ、妹のそばへは行けないと思っていた。
今妹のところへ行ったら、私は元の私に戻ってしまう…そう思っていた。




“重体になった妹は一体どんな有様になってしまったのだろう…”

傷だらけで集中治療室に横たわる妹を受け止める余裕が、色んな意味でその時の私にはなかった。

日が昇って外が明るくなると、引越し屋が予定通りやってきた。私は平常心を装って引越しを進めた。

夕方前には新しいアパートに無事に荷物を搬入し終わった。

ここで本来なら新しい気持ちで新しい人生を考える予定だった。だけど、新しいアパートに身を置いても私の頭の中は全く整理がつかない。

“だから、早く妹のところに行かなきゃ…”

頭ではそう思っても、雑然とした部屋で膝を抱えたまま立ち上がれない…

母から電話がきた。

「もう来れるでしょ?あの子ね…ひどい怪我で意識もないの。早く来てあげて!お願い!!!」

西陽が差し込んで私の頬を照らしても、私は立ち上がれなかった。

「お母さん、ごめん…明日行くわ… 」

それだけ言って電話を切った。



“私がしっかりしなきゃ妹を助けることはできない”

という思いと

“死ぬはずだったのは私だったはず…”

という妹に対する罪悪感と、申し訳なさ
それらが葛藤して私の身体を重たくさせた。

自分の妹なのに、すぐに駆けつけられない自分の愚かさにも腹が立ちながら、その日はどうしても行けなかった。